ゲーマーのための映画:ジャック・オーディアール『預言者』
世の中にはゲーマーのための映画というものがある。GTAシリーズのもとになったブライアン・デ・パルマの『スカーフェイス』とかそのたぐいだ。その中でも私がもっともゲーマーに見てほしい映画が本作『預言者』だ。
ジャック・オーディアールはフランスの映画監督ということもあって、日本ではあまり知名度はない。そうはいってもパルムドールを取るような作家なので映画好きには知られている。もっとも私が本作を知ったきっかけはアニメ『Noir』に出てくるコルシカン・マフィアについて調べていたからだ(笑)。
そう本作はチンピラとしてムショにぶち込められた19歳のアラブ系青年マリクとコルシカン・マフィアのアタタカイ交流を描いたヒューマンドラマである。状況からして主人公は最初から窮地にいるのはお分かりになるだろう。とりあえずはトレーラーをどうぞ。
逃げ場はない。出所するには6年かかる。仲間が必要だ。マリクはこの環境に順応するために、自らのエスニシティとは異なるコルシカン・マフィアのグループの下っ端になるのだ。逆にコルシカン・マフィアの牢名主であるセザールは、マリクもアラブ系という特徴を活かして、刑務所内での勢力を拡大するわけだ。
物語の大部分が刑務所内の人間関係と暴力で構成される。これ自体はこれまでの映画でもよくあった設定だろう。しかし、本作はそのような絶望的な状況を暗く深刻なものとしては描かずに、晴れやかな爽快さをもって仕立てあげるのである。そう、そこにあるのはまさにゲームのような爽快さなのだ。
以下、ポイントをしぼって本作がいかにゲームらしいか、ゲーマー向けに説明したいと思う。
1. 課せられる過酷なミッション
まず本作のゲームらしさの筆頭としてあげられるのはセーザルらコルシカン・マフィアから課さられるミッションである。ミッションにはお使いから殺しまで広いレンジが設けられているが、なんと最初のミッションが一番過酷な殺しである。しかも、マリクと同じくアラブ系囚人の殺しである。
最初のミッションからして過酷。これはある意味でマフィアがマリクを「わからせる」イニシエーションとして機能しているわけだが、本当にエグいものだ。殺しの方法は口に入れたカミソリで相手のノドを掻っ切るというもの。「あ、QTEきたこれ」とゲーマーなら思うだろう。たぶん3回くらいは失敗する(笑)。
ともあれ、マフィアの下っ端として働くマリクには様々なミッションが与えられ、それらをこなすことがこの場所での生き残りとなるのだ。
2. 徐々に広がる行動範囲
さてミッションが終わるとどうなるか。やはりマフィアはマフィアだけあって、有能な働きをしたものにはなんらかの褒美を与える。マリクは炊事係などの重要な役職を与えられることで行動範囲が広がっていくのである。この行動範囲の広がりは映画の観客と同じ視点を共有しているため、非常に楽しい。刑務所内の力関係やエスニックグループについてもマリクとともにプレイヤーは学べるわけだ。そして最初は頼りがいのないマリクだが、徐々に成長していく姿もまたゲームらしい。
コルシカン・マフィアからの一定の信頼を得たマリクは、刑務所内での独特の立ち位置をしめていく。マフィアの後ろ盾を持ちながら、アラブ系というのはトリックスターとして機能するようだ。そして同じく刑務所内のトリックスターであるジプシーの運び屋ジョルディと刑務所内での「ビジネス」を始めるのだ。また同じくアラブ系のリヤドからは文字を学び、親友となるのだ。
3. 時限制の外出ミッション
さて表向き模範囚として過ごしていたマリクには数日間の外出が認められることになる。これをマフィアのセザールはすぐに利用しようとして、外部の連絡、さらにはより危険な運び屋のミッションを命令する。セザールの命令は絶対だが、マリクはこれらのミッションを鮮やかにこなしつつ、残った自由時間で自らのビジネスを拡大するのだ。
先に出所したリヤドと連絡を取り、ジョルディから聞いたブツのありかを探る。しかし時間は限られる。時間内に刑務所に戻らないと、独房にぶちこまれ、さらにはセザールに怪しまれるのだ。この外出というミッションがまた緊張感と開放感があり、ゲームらしさを素晴らしくかきたてる。
4. スタイリッシュなアクションと後味の良いクライマックス
そうして刑務所の外での領域を広げていくマリクだが、そこにもやはり壁はある。そう、セザールの存在だ。セザールがいる限り、マリクは本当の自由が得られない。ここからがクライマックスだが、ここでは語らずにしておこう。
ひとつ言えることは、本作はアクションという意味ではかなり地味である。しかし、そのアクションの必然性とスタイリッシュさは凡百のアクション映画に負けない凄みがある。クライマックスのガンアクションの恍惚は、まさに我々がGTAで車を奪うあの躍動感に満ちている。実際にマリクも殺しをしながら微笑んでいるのだから。
このように本作はピカレスクロマンというべき、一人のギャングスタの誕生を描いた作品だ。しかしながら、倫理的な葛藤がなく、素直に主人公に共感できるのもゲームらしい作品だ。マリクの行動は通常社会においては犯罪でしかないが、この映画内においてはやるべき必然性をともなったものばかり。つまり、ミッションだからだ。ゆえにゲームらしく爽快。素晴らしい映画だ。
フランス映画だとか、カンヌだとか、そういうことはどうだっていい。そこにゲームが体験できる人ならば絶対に見たほうがいい映画。