Dance to Death:死に舞 on the Line

Music and Game AND FUCKIN' ARRRRRRRRT 今井晋 aka. 死に舞(@shinimai)のはてなブログ。

『Cytus II』に感じられるテッド・チャンの影響:AIとダンスの関係

最近、早川書房から出たテッド・チャンの短編集『息吹』をちょくちょくと読んでいるのだが、その中に収録されている「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」という中編小説の中に出てくるエピソードが『Cytus II』に影響を与えているのではないかと思ったので簡単に紹介しておこう。

 『Cytus II』に関しては私がしつこく絶賛して、各所で布教活動しているので、改めて詳しく紹介しないが、SFのストーリーを楽しみながらプレイするリズムゲームである。これだけだとなんか良くわからないと思われるかもしれないが、かなり素晴らしいできのゲームであり、世界観もキャラクターもストーリーもリズムゲームも圧倒的な出来である。詳しい紹介はこちらにまかせる。

さてテッド・チャンの「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、ディジエントと呼ばれる学習型ペットAIの誕生とそのブームの収束を描いた作品で、AIに対する人間の感情をテーマにした興味深い話だ。その中で主人公のアナはジャックスというAIをペットして引き取ることになるが、このジャックスは学習することで作曲やダンスといったことを学んでいく。これらの描写は本筋には関わらないが、読者がAIという存在やキャラクターに親近感を持つきっかけを作り、ディジエントの可愛らしさと儚さのようなものをうまく形作っているように感じる。

そんなジャックスが仮想空間で歌と踊りを披露する場面が以下。

ジャックスにとっては渡りに舟だった。持ち歌のひとつ、「三文オペラ」の劇中歌「マック・ザ・ナイフ」をたちまち朗々と歌い出す。歌詞はぜんぶ覚えているものの、歌うメロディのほうは、よくいっても、原曲にまあまあ近いという程度だ。ジャックスは、歌と同時に、この曲に合わせて自分で振り付けを考えたダンスを披露した。ほとんどは大好きなインドネシアのヒップホップのビデオクリップから借りてきたポーズと手真似をつなぎ合わせたものだった。(131)

ジャズ・スタンダードの「マック・ザ・ナイフ」をインドネシアのヒップホップの振り付けで踊るというのは、なんとも奇妙かもしれないが、未来の混淆した文化を感じないわけではない。いずれにせよ、このエピソードは本筋には関わらないけど、極めて微笑ましく、ジャックスの性格をよく表している。

ではこれが『Cytus II』とどんな関係があるのか?

『Cytus II』の世界にも、人間だけではなくAIやロボット(アンドロイド)は多数登場する。その世界観は一言で言えばサイバーパンクであり、AIやロボットだけではなく、神経ネットワーク、隔離された人工環境、記憶操作など数多くのSFガジェットが登場する。中でも主要キャラクターのひとりであるROBO_Headは見た目からして、オールドスクールなロボットであり、中身は完全なAIとなって登場する。彼がなぜか自我に目覚めたような行動をとっており、あろうことか音楽を作曲してネットワークに投稿したり、ライブを企画したり、アーティスト/ストリーマーとして活動しているのだ。

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そんな奇妙なROBO_Headを作り出したのは、もうひとりの主要キャラクターの天才少女NORA。彼女の来歴についてはここでは深く触れないが、ともかく彼女は天才的なエンジニアリングでROBO_Headを作り上げ、自我のようなものを獲得し、作曲さえ始めるようになった(本作の主要キャラクターの多くはミュージシャンであり、何らからの意味で音楽と関係がある)。そのROBO_Headが最初に作ったとされる音楽が「Jakarta Progression」だ。

 

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タイトルの通り、インドネシアのトラックメイカーKURORAKによるユニークなダンスナンバーだ。これはヒップホップではないが、極めて未来的なインドネシアの音楽であることは間違いないが、興味深いのは次のくだりである。

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風邪をひいたNORAはROBO_Headに音楽をリクエストするが、そのときに選ぶのがこの「Jakarta Progression」。最初は「《Jakarta PROGRESSION》はリズムが複雑で、激しいため、病人にはふさわしくありません。」とロボットらしく振る舞うが、どうしても聞きたいというNORAに折れて演奏するROBO_Headは激しくダンスしてしまう。自分でも何が起こったのかわからないROBO_Head。それに対してのNORAの反応はというと……。

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本作においてROBO_Headがダンスを披露することは珍しくはないが、人前で見せたのはおそらくこれが初めてだろう。感情の高ぶりを踊りで表現するというのは極めて人間らしい行動であるし、これ自体もSFのテンプレート感はあるが、先にのインドネシアの線も含めて、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」との類似性やリファレンスを読み取るのはやりすぎだろうか?

直接的な関連性はないとしても、本作にはその他にもSF小説や映画からの影響は多く、シナリオライターテッド・チャンを読んでいた可能性自体は低くない。いずれにせよ、AIが人間らしい行動を取るとはどういうことかに関して、まったく同じ描写を行っていることは間違いない。

『Cytus II』全体からは音楽と感情が人間とAIにとってどういう意味があるのかというテーマが見え隠れしており、このエピソードは極めてテンプレート的な設定ながらも非常に微笑ましいものに仕上がっている。そして、実際にこの「Jakarta Progression」をリズムゲームとしてプレイするという体験ができるという点はゲームならではの良さであり、NORAとROBO_Headの気持ちを我々は内側から理解することができるのだ。この点に関しては以前のエントリーを読んでほしい。

shinimai.hatenablog.com

その他にも興味深いエピソードはいっぱいある。ぜひともSF好きはプレイしてほしい。